第1章以下でコンサルティング活用法の本論を始める前に、コンサルティングの現場を物語風に語らせていただきたい。
ここでは異なる三種類のコンサルティングテーマを取り上げてみた。「中・長期経営計画」「CI計画」「プロダクトセイフティ(製品安全)対策」の三つである。
これらのケースは筆者と仲間たちが経験したコンサルティング事例をもとに構成したフィクションである。実際のコンサルティングはこのような単純なものではないというお叱りを各方面からいただくであろうことは予期できる。その危険性を承知の上でこのプロローグを設けた理由は、読者の方々にまずコンサルティングというものをイメージで捉えていただきたいと考えたからである。
これらのケースでは、コンサルティング導入のきっかけと開始までの説明に主眼をおいている。具体的な結果についてはあまり触れていない。もともと架空であるのに、大成功という結末を書いたのではあまりに白々しいからである。
- ケース1
- コンサルティングテーマ………中・長期経営計画
- A社プロフィール………………電機製品の部品製造からスタート。現在は家電製品での
- OEMで加工組立までを手掛ける。ゆくゆくは自社ブランド
- での販売を目指している。創立15年。
1 取引銀行での話
「御社もそろそろ中・長期の経営計画を立てて経営をしなければならない時機を迎えたたのではありませんか」
A社の社長山田一郎が経理部長の佐藤を伴って取引銀行であるK銀行の市川支店長に融資の相談にでかけた席で、このような話題が切り出された。
「この数年の御社の成長は大変目覚ましいものです。もう中小下請け企業という枠を超えてしまったと思うのです。事業拡張するにしても、受身のものではなく、ビジョンや展望を持ったものが必要ではないでしょうか」
山田はこう持ち上げられて、悪い気はしなかった。しかし、突然、経営計画と言われて困惑したのも事実である。何をどうすればよいのかわからない。人を採らなければならないのか。だとしたら市川が紹介してくれるのか。
市川は山田の困惑に思い至って、続きを話し始めた。
「当行が直接、中・長期経営計画作成のお手伝いをするのは僭越だと思います。また、社員として人を紹介することも、後々問題がでてくるかも知れませんので避けたいと思います」
「それではどうすればよいのですか。なにか手引きになるよい本でもあるのですか」
「もちろん、本をお読みになることも必要でしょう。何冊か推薦をさせていただきますが、本をお読みになっただけではいけないと思います。私としては経営コンサルタントの方を紹介したいと考えています。」
A社では、税務に関しては以前から税理士の先生と付合いがあったが、経営コンサルタントを頼んだことはなかった。
「我々、銀行屋としましても企業経営の何たるかを知らなければ、どの企業のどの融資物件に対し、ご融資すべきかどうか判断ができません。それで、その勉強のために経営コンサルタント養成コースの受講を奨励いたしております。実は私も10年ほど前に受講しております」
「ほう、そのようなコースはいくつもあるのですか」
「ええ、いくつかのコンサルティング団体がそのようなコースを設けておりますが、私が受講しましたコースは日本生産性本部が開設しております全日制の1年コースです」
「全日制の一年コースとは大変なものですな」
さすがは大手の銀行である。うちにはそのような余裕はないなと山田は思った。
「年間、多くて50名、ほとんどは銀行や経済研究所からの参加ですが、中には個人で身銭を切って参加する人もいます」
「受講料はどのくらいですか」
「最近では300万を超えると聞いてますが…。実は今回ご紹介申し上げる方は、この1年コースに個人で参加され、ご自分で経営コンサルティング事務所を開いている方なのです」
「……」
「それから、このご紹介は当行の公式なものではなく、私の個人的なご紹介ですので、お願いするどうかは御社のご判断にお任せします。あるいは出過ぎた提案かも知れませんが…」
いままでも親身になって相談に乗ってくれば市川の紹介ならまちがいがないだろうということで、山田は頼むつもりになっていた。
「あの、お礼のほうはどのぐらいなんでしょうか」
横で黙って聞いていた経理部長の佐藤は申し訳なさそうに尋ねた。
「ご紹介申し上げようと思っている中村先生の場合は、業務の内容によって違うと思いますが、1日20万から30万円というところではないでしょうか」
「そんなに…。それで、期間はどのくらいかかるのでしょうか」
「そうですね。やり方にもよるでしょうが、6カ月から1年はみておいたほうがよいでしょうね」
これは大変な金額になるぞと佐藤は青くなった。
その顔色を見て、市川は誤解されたことに気づいた。
「いや、中村先生は単純な作業をするわけではないので、毎日来てもらう必要はありません。最初は詰めて来てもらうとしても、その後は週に1回あるいは月に2回来てもらえばよいのではないでしょうか。そんな大きな金額にはならないはずです」
「そうすると月に3日来ていただくとして、半年で540万円というところですか」
それにしても小さな金額ではないぞと佐藤は思った。
聞き役に回っていた山田が佐藤のほうを向いて言った。
「まあ、若手社員でも一人雇えば、間接費も入れると年間もっとかかるんだから、その線でお願いしたらどうかな」
「それは社長さえよろしければ…」
「うん、そうしよう。それでは市川支店長よろしくお願いいたします」
2 最初の打ち合わせ
数日後、山田は市川に中村幸夫を紹介された。そして、さらに何日かして中村は若手の随員を連れてA社を訪れた。
中村は40代後半ぐらいに見える。学者的風貌と、銀行員的風貌をミックスしたようないかにも信頼できるという感じである。話し方もきわめてゆっくりと穏やかである。
「市川支店長のお話では、御社の中・長期経営計画の作成をお手伝いするように承っておりますが、それでよろしいのですか」
挨拶が済んで、中村はこう切り出した。
「はい。ただ、経営計画自体がどういうものかわからない状態でして…。中・長期という期間はどのくらいを言うのですか?」
「中期計画で3年から5年、長期計画は10年というのが普通です。最近では10年計画を立て、2、3年ごとに見直しを入れるという形もあります」
「経営計画というものが必要になるのはどういう時なのでしょうか」
「そうですね。原則から言えば、計画というものはどの規模の企業でも必要なものです。しかし、本当に必要になるのは、その企業の市場に与える影響力の大きさに関係していると考えていいでしょう。あまりに小さくて外部要因に依存せざるを得ない状態、つまり他律的な状態では、経営計画を立てたところで単なる願望でしかないですからね。ところが、市場である程度のシェアを持ってくると、設備投資や販売競争のやり方によっては、生産過剰や過当な販売競争を招いてしまう。このように市場に対する大きな影響力を持ってきた企業は、市場動向とライバルの戦略をにらんだ経営計画が必要になるわけです」
「なるほど」
「まあ、御社の場合、どうするかは先の問題として、まず、現状の経営診断から始めたほうがよいでしょう…。さて、進め方やスケジュールに関してはどなたとお話すればよろしいですか」
「この件につきましては高野総務部長を責任者として、それに、佐藤経理部長をサブにつけたいと思います」
「ぜひ、よい経営計画の作成をお願いいたします」
佐藤と高野は揃って頭を下げた。
「ちょっと待ってください。経営計画は私どもコンサルタントが作るというわけではありません。コンサルティングとはクライアントの相談に乗り、問題解決をお手伝いするのが役割なのです」
「……」
「そして、その後はクライアントが自分でできるようにするのが、コンサルティングの理想と言われています。魚を漁ってあげるのではなく、魚の漁り方を教えるのがコンサルタントの役割だと言われています。」
「ほう、そうなんですか。それではよいコンサルタントはクライアントを次々に失う運命にあるのでは…」
「ハハハ、失う運命ですか。なるほど、そうかも知れませんね」
「それでよろしいのですか…」
中村は黙ってうなずいた。
「経営コンサルティングの場合、経営が悪化して、どうにもならなくなってから相談を受ける場合と、御社のように健康で、むしろ成長のためにご依頼を受ける場合があります。企業ドクターとして腕を振るうという意味では前者がふさわしいのですが、私としては後者のほうがやりがいを感じますね。前者の場合は不採算部門の切り捨てや人員の整理のような手段を提案しなければならないことも多いので心が痛みます」
山田は経営コンサルタントという人々は合理主義者で、人間味の薄いものと考えていたので中村がそう言うのに戸惑いを感じた。
「ただし、一見健康に見える企業の場合でも内部に全く問題がないということはありません。隠れている問題というものがあるものです。前進や飛躍のためにも現状を正しく把握しておくことは不可欠なことです」
中村は現状把握の重要性を繰り返して、その日の打合せはおひらきになった。
3 予算とスケジュールの調整
「コンサルティング料金は基本的には1時間いくらということで決まってくるのですが、経営診断に関しては作業が終わってから実績で精算というのでは、クライアントの方が困るでしょうから、所用時間に関わりなく、業種別、規模別に診断料金を設定しています」
中村経営研究所の藤野事務長は、佐藤経理部長と高野総務部長に料金表を見せながら説明した。
「そうすると、当社の場合、150万円ということになりますか」
「そうですね。それに報告書作成実費。出張が必要な場合はその分の経費が加算されます」
「経営診断についてはおおよそのことは分かりましたが、その後の経営計画に関しては、どのぐらいの予算をみておかなければならないのでしょうか」
「経営計画に関しては経営診断後、どの程度お手伝いする必要があるかを見極めてからということになりますが、最初の日は週に二日、翌月からは月に二日程度で済むのではないかと思います」
「金額的にはどうなりますか」
「定番の経営計画作成のお手伝いだけでしたら、先ほど申し上げた日数に日当単価を掛けたもの、約400万ということになります」
「その単価というのは…」
「中村の場合は1時間3万5000円、先日中村に同行いたしました宮本の場合はキャリアが違いますので、1時間2万円となっております。作業時間の割合は宮本が全体の70%とみてよいと思います」
佐藤は、コンサルティング料金はもっといい加減なものだと思っていたので意外に感じた。
「ただし、診断結果によっては組織開発や生産管理システムの改善をご提案することもあると思います。その時は別途、料金を見積もりましてご提示することになります」
「経営計画と切り離せないということがありますか」
「密接に関係してくると考えてください。経営計画というものは人間で言えば、体力向上のためのスポーツメニューのようなものです。経営診断は人間ドックと基礎体力の測定に当たりますが、何か異常があった場合はまずそれの治療を行なってから、体力向上のスポーツを始めるべきであることはお分かりいただけると思いますが…」
「なるほど。そういうことですか」
「疾患というほどでない場合は、経営計画の中で強化していく方法でよいわけです」
「全体のスケジュールですが…」
「これも御社のお考えによるわけですが、当研究所としましても、他のクライアントのお仕事のボリュームとにらみ合わせて決めていかなければなりません」
佐藤はちょっと治療しては次は1週間後というようなやり方をする、歯医者の治療の仕方を連想した。集中して治療してしまって、次に患者が来るまで何日も仕事がないのでは経営が成り立たないから、当然と言えば当然である。
「御社の会計年度は4月から3月までですから、経営計画もそれにタイミングを合わせなければなりません。ですから、そうゆっくりしていられないのも確かですね」
「おっしゃる通りです。資金繰りの問題もありますから、確定しないまでも来年の1月までには概略が見えていないといけないと思います」
「その辺りを考慮しまして、今週中にスケジュールは提出させていただきます」
4 診断のための調査
「最初にお願いしたいことは、私どもを信用していただきたいということです」
宮本は佐藤経理部長と二人だけになるとこう切り出した。
「経理、財務の資料は部長が責任を持って作成し、管理しているわけですが、経営診断のためにはすべて見せていただいて、ご説明していただかなければなりません。その間に知り得た事項につきましては、私どもから外部に漏れるということは決してありません。私どもを信用していただき、ご協力をお願いいたします」
「もちろん、そのつもりです。実は、K銀行の市川支店長に経営コンサルタントご紹介の話をされた当初は自分の領域に外部の人間が入るということで、愉快な気持ちはしなかったのですが、中村先生や宮本さんにお会いして、気持ちを切り替えることができました」
「ありがとうございます」
「いえ、当社が今後発展していくためには、経理システムにしろ生産管理システムにしろ見直しが絶対必要です。幸いにして、私腹を肥やすような経理上の不正はいたしておりませんから、全面的に協力させていただきます」
佐藤は半分笑いながらそう言った。
宮本と佐藤はいままで厳密には行なわれていなかった原価分析や損益分岐点分析を数年にさかのぼって調べてみた。また、生産管理システムについては現状稼働しているシステムの概念図を記述するところから始めた。A社が成長する段階で生産システムはツギハギの変更を加えているため、現状システムの全体像は分からなくなっていたのである。
「宮本さん、あなたは生産管理も分かるのですか」
佐藤は宮本の作業をこなす手際のよさに舌をまきながら尋ねた。
「生産管理、マーケティング、人事労務管理、財務管理、情報管理等、予備的診断の段階に関しては一通り分かっているつもりです。もちろん、実施の指導になると経験が足りませんから、各分野の専門家と共同作業ということになりますが…」
「やはり、経営コンサルタントの養成コースを修了されたのですか」
「そうです。5年前になりますか。その前はソフトウェアの会社におりまして、SEをしていました。養成コースの講師を中村先生がなさっていたので、修了と同時にスタッフにしていただいたというわけです」
「それでは、専門はシステムということですね」
「ええ、でも、概念設計には参加しますが、詳細設計や実際のプログラミングやインストールはその分野の専門家に任せますから…。コンサルタントとしてむしろ重要なのは、個々のシステムの良否より、それらが組み合わされた全体システムの整合性を考えるということです。例えば、経理システムが最先端のものであっても、生産管理やマーケティングシステムが前近代的なものではうまくないですからね」
このようにして約2カ月にわたり経営診断のための調査は続けられた。その中には、キーマンのインタビューや工場の見学も含まれていた。
調査の途中では中村と宮本の口から結論めいた発言は一切なかった。部分的な分析の段階で、評価に近いことを言ってしまってはクライアントに先入観を与えミスリーディングになることがあるからである。
幸いにして、A社には経理および財務、また生産管理面にも致命的な欠陥はなかった。経営計画の中で、各システムを順次リニューアルしていくことが可能であることが分かった。
新年を迎え、山田社長は年頭の部長会で次のような挨拶を行なった。
「成長余力がある段階で、診断を受け、経営計画作成をご指導願える優秀なコンサルタントに巡り会えたことは実に幸運であったと思う。今後とも外部の専門家を有効に活用して、社業の発展と社員の生活の向上を図っていきたいと思う」
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