小説 北本市議会
第二話 悲願のホテル誘致 前編
作 高橋伸治

1.

須賀正義議員が激怒していた。
 平成29年6月22日に平成29年第二回定例議会が終わり、この日は翌日の23日のことであった。
 須賀議員が激怒したのは、7月12日に臨時議会を召集して、否決されたばかりの、ホテル誘致のための議案を上程するという噂を耳にしたからである。
 北本市議会事務局の山田和也は、須賀議員の剣幕に怯えていた。市議会議員二〇人の中でも、最も激しい感情表現をするのが須賀正義である。このことは、山田ばかりでなく、多くの市職員が認めるところであろう。
「おかしいだろ。昨日の最終日に議決してからわずか20日で、同じ議案を出してくるのは」  議会事務局の隣りの通路で、須賀議員は議会運営委員会委員長の柳瀬高志議員に対して、強い口調でこう言った。
「まあ、全く同じ議案であれば、当然受けるわけにはいかないと思いますが、条件を変えてくれば、拒否はできないですよ」
 柳瀬は、宥めるようにこう答えたが、須賀は納まらなかった。
「この短期間に、違う議案だと言えるほど、条件の変更ができるとは思えない。議会をなめているとしか思えないだろ?」
 須賀は、更に気色ばんて、こう詰問した。
 大きな声のこのやりとりは、議会事務局には筒抜けであった。
 確かに、山田の知る限り、このような臨時議会は開かれたことがない。
 北本市においては、年に四回の市議会定例会が開かれる。それぞれ20日前後の会期で開催される。
 不思議なのは、会計年度が4月から3月までなのに、議会の通し番号は、1月からを始まりとすることだ。つまり、予算を審議する3月議会は会計年度末なのに議会では平成29年第一回定例会、会計年度が変わった6月が議会の第二回定例会と呼ばれる。さらに、9月に第三回、12月に第四回が開催される。
 このように、定例会は、年に四回総計100日の会期日程になるが、臨時会が開催されることはそれほど多くない。
 必須である臨時会は、四年ごとに行われる市議会議員選挙の結果を受けて、正副議長や監査委員、さらに3常任委員会の構成と正副委員長などを決定するための臨時会である。また、概ね任期の半ばで行われる監査委員と正副議長の交代の場合にも、臨時会が開催される。どちらも5月半ばに開催されていた
 その他には、突然の大きな災害が勃発したり、事故や不祥事が起こった場合に、臨時会が招集されることになる。しかし、今回の臨時議会はそうではなかった。
 須賀議員の怒りはおさまらず「市長に直接文句を言ってくる」と言って、議会を出ていった。

2.

「臨時議会が開かれるって、話題になっているけど、どういうこと?」
 北本市の西部、市境の荒川に程近い北本こども公園で、山田の友人、川端文雄はこう切り出した。
 6月最後の土曜日、山田と川端は、お互いに幼稚園に通う子どもを連れて、この公園に来ていた。
 示し合わせたわけではないが、川端の方は、多少、想定していた感があった。
「話題になっているって、どこで?」
 山田は怪訝な顔をして訊ねた。
 北本市からは、公式には、まだ発表していないことであった。
「大山議員のツイッターをフォローしているんだよ。それには市長に対する憤りが書かれていて、臨時会の知恵をつけたのは議長じゃないかともあったよ」
「そうか、ツイッターか」
 山田は合点がいった。
「ツイッターでは短くて、背景が分からないんだよね。ちょっと説明してよ」
 川端にこう言われて、山田は不承不承、これまでの経緯を説明した。
 今回のホテル誘致のきっかけは、彩の国銀行からの紹介であった。
 平成27年度に、国は地方自治体に対して、地域活力を創造するための『まち・ひと・しごと創生総合戦略』を策定するように勧奨した。勧奨とは、強制したのではなく、自治体の自主性に任せるということである。しかし、この計画を策定しない自治体は、今後、この枠での補助金を申請する権利がない。結果として、多くの自治体は策定することになった。
 この際に、策定の諮問機関に、地域の金融機関を加えるように指導されていた。
「なるほど、その諮問会議に彩の国銀行が参加していたということか」
 川端は、大きく頷いた。
 山田と川端は、北本中学校の同期で、野球部でも一緒だった。川端は二年生からレギュラーでセカンドを守った。山田は、三年生になって、やっと準レギュラーになり外野を守った。20年以上経って、かなり薄れたとはいえ、今でも川端の方が上から目線である。
「それで、総合戦略ができてから、関連してか別件としてかは意見がわかれるけど、彩の国銀行から取引先のホテル事業者を紹介されたんだ。問題は、知ってると思うけど、進出しようとした場所が、北本駅東口に隣接する市の土地だったことなんだよ」
 民間の土地に進出するのであれば、行政上の問題は少ない。建築基準法や風俗営業法などの国の法律をクリアしていれば良い。まちづくりにプラスと判断されれば、市の裁量範囲での助成も考えられる。
 しかし、市の土地は市民の財産であり、大義名分と最大限の利益の確保が必要になる。
 実は、彩の国銀行が紹介した一社目は、検討の結果辞退した。採算が合う見込みがないということであった。
 二社目は、ビジネスホテル業界では、10年満たない新興企業であった。

3.

「俺も不動産業界で働いているからわかるけど、今度の誘致を決めた市の判断は間違いだと思うけどな」
 山田の話を一通り聞いて、川端は残念そうにこう言った。
「俺の口からは、なんとも言えないけど、議員の中にはいろいろな反対意見があるよね」
 山田がこう言うと、川端は
「市の職員としての意見は言えないとしても、議員がどんなことを言っているかは話せるだろ?」
と、川端は山田に迫った。
 山田は、議会内での議論の概要を話した。
 最も強行に反対しているのは、須賀正義議員で、まず、問題の土地は、取得経緯から言って、公共施設の用地として使用しなければならないと主張していた。
 約300坪のこの土地は、国鉄が民営化された際に、大部分を国鉄清算事業団から、数年後にJR東日本から一部が、北本市に譲渡されたものである。将来の公共施設用地を想定してのものだった。
 つまり、公から公への譲渡であり、公共施設に供するべきということである。
 購入するかを迷っていた当時の市長に、須賀議員は『購入すべし』と進言したという経緯があった。
 このような歴史を知っていたベテラン議員の一人は、最終的にはホテル誘致を認めはしたが『民間に丸投げするのではなく、少なくとも、公共施設との複合施設であるべきだった』と、苦言を呈している。
 北本市は、市の中央部をほぼ南北にJR高崎線が貫いている。それ故、北本駅は東口と西口を持つ。
 北本駅東口側は、平成になって区画整理事業が行われ、15年ほど前に完成していた。その時期に購入されたこの市有地は、公共施設が建設されないまま、市営駐車場が大半、一部歩道として、暫定利用されていた。
 市営駐車場の駐車台数は28台、最初の30分間は無料で、その後30分100円となっていた。
 家族の通勤通学の送迎時に、30分無料というシステムは、市民にはありがたかった。特に雨の夜は、この駐車場がなければ、悲惨なことになっていたに違いない。
 この市営駐車場を廃止にしてホテルの誘致を行うことから、誘致に反対していた議員も少なくない、特に女性議員の多くは、この駐車場を廃止することを理由に、ホテル誘致に反対していた。
 北本市の場合、東口とは反対側の駅西口広場にも14台分の市営駐車場があり、他市にない、市民サービスとなっていた。

4.

「市営駐車場も確かに問題だけど、もっと、根本的と言うか、経済的な視点から反対している議員はいないのか?」
 川端は、山田の説明を遮って、訊ねた。
「高木という議員が、市場性があるとは思えないと言っていたな」
 実は、この20年の間に、駅前の市有地にビジネスホテルが進出する計画は、少なくとも二度あった。ある程度、名の知られたホテル事業者であったので、市は都度、交渉のテーブルに着いた。
 その際に、事業者から、市の支援を求められている。固定資産税の免除や、水道料金の無料化などであった。つまり、純粋に営業収益では、採算が取れないという判断があったそうだ。
 ところが、今回の申し入れでは、このような支援は求められていない。
「素晴らしいオファーだと評価するか、怪しいと考えるかだな」
 川端は、腕を組みながら言った。
「高木議員は、今回の事業者が採算が取れるとした根拠を知りたいと言っていたよ」
 山田がそう言うと、
「俺も、そう言うだろうな」
と、川端は頷きながら言った。
 その件について、市の担当者から議会への説明はなかった。事業者に『採算は大丈夫なのか』と、訊ねてもいないという。
「30年の定期借地権設定の条件で、市有地を貸すわけだろ? それなら、借地料を低くすることで、支援することもできるわけだ」
 不動産業界にいる川端は、専門的な知識を持っていた。
 一時代前の借地借家法では、土地を借りている側の権利が強く一度貸してしまうと返してもらうのが大変なので、地権者が土地を貸すことにブレーキがかかっていた。そこで、数十年の期間を限定して、土地を貸し、期間が過ぎれば、借り手は、更地にして地権者に返すことを義務付けた『定期借地権』という制度が創設された。
 今回は、市民の資産を売却するのではなく、この定期借地権制度を使用して、ホテル事業者から賃貸料を支払ってもらうことになる。
「そうは言っても、あまりにも格安の賃貸料では、住民監査請求とか、市民から突き上げをくらうと思うけどね」
 山田がそう言うと、川端も頷きながら、
「そうすると、ますます、どう採算を取るのかわからないね」と言った。

5.

「ところで、臨時議会の議案の名称が、市営駐車場管理条例の変更とかなんだけど、ホテル誘致条例とかじゃないの?」
 川端にこのように訊かれて、山田は少し戸惑った。
「そうだよな。正確に言うと、市営駐車場設置管理条例なんだけど、その改正についてと言われても、民間の人には何なのかわからないよな」
 山田は、行政独特の手続きを説明した。
 地方公共団体が所有する財産は、公用財産と普通財産に分類される。
 土地に関して言えば、道路として路線番号が付けられて管理されているような土地は公用財産である。一方、特定の目的で使われていない土地は普通財産である。公用財産は、目的以外の利用ができないが、普通財産は、民間に売却したり、貸与したりすることが許されている。
「そうすると、道路の一部を売ることができないということ?」
 川端が、話の途中で訊ねた。
「その場合は、道路の廃止という手続きが必要になる。公用財産から普通財産に変更するということが必要になる」
 行き止まりの道路などは、隣接している住民の申し出で、希望者に売却されることもある。
 実際、北本市の場合も、年に数件は、道路が廃止され、売却されることがある。ただし、廃止するためには議会の同意が必要で、道路一本ごとに一議案になる。
「駐車場の場合は、公用財産と言うわけか。それで、普通財産に切り替えて、売却か貸与できるようにするわけか。その手続きが、その設置管理条例の変更ということ?」
と川端に訊かれて、次のような説明をした。
「市営駐車場設置管理条例には、市営駐車場として使用する土地の番地が、条文の中に記されている。だから、そこを削除しなければならない。この『削除すること』が条例の改正になり、議案になるんだよ」
 山田の説明を聞いて、川端は少し考えてからこう言った。
「議会には、ホテル誘致に賛成か反対かを直接には問わないで、設置管理条例の改正に賛成すれば、誘致に賛成したことになるということか」
 川端は、ようやく合点がいったようであった。

6.

7月の初旬、12日に臨時議会が開催されることが正式に決まり、議会に対して、副市長から申し入れが行われた。
 市側から、副市長、企画財政部長、総務部長、秘書課長、議会側から、議長、副議長、議会運営委員会委員長、同副委員長が参加して、議長室で、議案の申し入れと受領のセレモニーが行われた。
 議会事務局も、事務局長と山田が立ち会った。
 本来であれば、山田ではなく、主席主幹の赤田が立ち会うべきであったが、別の公務で不在のため、山田が参加したのである。
 この申し入れの場では、議案の中身については議論されない。いくつか事務的な確認をして、市側の副市長以下の執行部は全員退席した。
 残った議会側には、日程の決定手続きのための事務局から説明があり、議員四人は了承した。
 議会において、運営上の事項については、議長に決定権限がある。日程など、独りで決めてしまってもよいのであるが、通常は議会運営委員会に諮問して、そこでの決定を議長が了承するという手続きを要する。
 議会運営委員は、各会派から一人、六人以上の会派からは二人の議員が選ばれている。その時点での委員数は七人であった。
 委員長と副委員長は、委員間の互選で決定される。正副委員長が決まる過程は、最年長の議員が仮の委員長となり話し合いが行われる。多くは、下話ができていて、誰かから推薦があがり異議なしで決まる。時には多数決で正副委員長が決まることもある。
「それでは、7月5日午前10時に議会運営委員会を開催し、平成29年第二回臨時議会を7月12日の一日だけの日程で開催することを決めたいと思いますが、よろしいですね?」
 議会運営委員会委員長の柳瀬高志が、三議員の顔を見回してこう言うと、他の参加者は、口々に賛意を示した。
 平成29年は、議員任期4年の半ばであり、慣例として、正副議長と監査委員、総務文教、健康福祉、建設経済の三常任委員会正副委員長も改選となったため、5月16日に第一回の臨時議会が開かれていた。そのため7月12日は第二回となったのである。

7.

「山田さん、ちょっといいかな?」
 山田が、自分の席に戻ろうとしたところを、議会運営委員会副委員長の高木議員から呼び止められた。
 高木は60歳代の半ばで山田40歳ちょうどなので、親子ほどに歳が違う。高木と同世代の議員からは、ほとんど山田君と呼ばれているが、高木は山田さんと呼び、もっと若い職員にもさん付けであった。
「この前の土曜日に、山田さんの同級生の川端さんに会ったんだよ。偶然だったんだけど」
 高木の話によると、こども公園で会った同じ日の夜だったようである。駅近くのアジサイという居酒屋で、川端の方から声をかけてきたそうである。勿論、初対面だったという。
「不動産業界にいるということで、いろいろ教えてくれたよ」
 山田は、高木の話を聞きながら、偶然ではないと思った。あの日の午前中のこども公園のことにしても、川端は狙っていたに違いない。山田から、高木議員が経済的な視点からの発言をしていたことを聞いて、計画的に近づいたと考えられる。
 川端は、中学高校と野球部でセカンドを守っていた。セカンドのポジションというのは、サインプレーなどの要として、インサイドワークの能力が問われる。山田は、そのことを思い出していた。
「議員はお独りだったんですか?」
 まさか、高木が友人と飲んでいる時に、図々しく声をかけたのではないかと気になった。
「いや、待ち合わせだったんだけど、連れが遅れていて、先に飲み始めていたんだよ」
 高木がそう答えたので、少し安心した。
「私のことは何か言ってましたか?」
 自分のことをどう話したのかも気になった。
「市の職員には、北本中学の同級生が何人かいて、山田さんとは野球部でも一緒だったと言っていたかな。そんな自己紹介ぐらいで、本題はホテルの話だったよ」
 高木は、議員の会派控室で話さないかと誘った。山田はしぶしぶついていった。
 会派控室は、元々は南向きの窓に面した細長い大部屋で、固定壁二つと、可動パーティション三つで分割されていた。当時六つの会派に分かれていた20人の議員の一人当たりのスペースは三畳以上はあり、ゆったりしていた。
 議員が控室にいることは少なく、無駄遣いのようにも思える。

8.

「灯りを着ける必要はないよね」
 高木はそう言って、南に面した窓のブラインドを操作して、明るさを調整した。
「川端君は、どんな話をしたんですか?」
 薦められた椅子に腰を降ろしながら山田は訊ねた。
「川端さんからは、一般論としての今後のホテルの需給について教えてもらって、こちらからは、これまでの経緯を話したんだよ」
 川端によれば、2020年の東京オリンピックに向けて外国人観光客が増加し、ホテルの客室需要は伸びている。シティホテルやリゾートホテルばかりでなく、ビジネスホテルも同様である。しかし、ここに来て、ホテル建設ラッシュ気味で、供給過剰の心配も出ている、とのことだった。
「要は、需給バランスの見通しは不透明なようで、東京オリンピック以降はどうしても落ち込むだろうから、そこを凌げるかということみたいだね」
 高木がそう言うのを聞いて、山田は頷いた。
「そうそう、誘致候補の企業、クレセント開発についての評価は一致したね」
 高木は、川端とどのような情報交換をしたかについて話した。
 クレセント開発のホテル事業の歴史はほぼ10年であり、新興事業者である。高木も川端も東京商工リサーチの企業データを確認していた。企業のプロフィルから数年分の業績などのデータを作成提供しているデータベースとして、東京商工リサーチは帝国データバンクと双璧であった。
 それによると、20を超えるビジネスホテルを運営していて、収益性も優良と言えた。
 しかし、業種欄には「ホテル再生業」と記述されていた。
 つまり、倒産したり、経営不振になった既存のビジネスホテルを買い取り、リニューアルして運営している企業ということである。
「ビジネスにも栄枯盛衰があって、ホテル再生業も、社会的な存在価値がある。蔑視するのは良くないとは思うけど、現実にはイメージが悪いのは確かだよね。ミーハー的なブランド信仰には組しないが、ホテルにもブランドがあるからね」
 高木は眉をしかめ、腕を組みながらそう言った。
「市外の友人と話していて、クレセントイン? 聞いたことがないね、と言われると傷つきますね」
 山田は、沈みがちな表情でそう言った。
「口に出しては言わないだろうが、内心、三流の市に三流のホテルなんて思われるかも知れないね」
 高木も暗い表情になった。

9.

「二年生からレギュラーだったお前と違って、俺は三年生になっても、準レギュラーだったからな」
 山田が、少しふて腐れてそう言うと
「そう僻むなよ。山田は、守備が今一だったからレギュラー取れなかったけど、代打では、いいところで打ってたじゃないか」
 川端が慰めるように言った。
 北本中学校で、同期だった仲間四人が、例のアジサイに集まることになっていた。
 早く来ていた山田と川端がそんなことを話していると、他の二人が次々に到着した。
 他の二人は、大手の食品卸会社に勤める坂口哲人と経営コンサルタント会社に勤める青木雄斗であった。青木以外は、北本市に住んでいて、顔を合わせる機会も少なくなかったが、青木は浦和に住んでいて、久しぶりの再会であった。
「今日は、実家に泊るんだろ?」
 坂口が青木に訊ねた。
「ああ、カミさんが体調を崩して今日から入院なんで、長女も連れて来たんだ。俺の方は、週明けには海外出張なんで、暫くお袋に娘の面倒をみてもらうことしたんだ」
 青木が、ハイボールを飲みながらそう答えた。
「海外出張だって。自慢かよ?」
 川端が、多少突っかかるように言った。昔から、川端の方が青木をライバル視していた感があった。
「そういうお前だって、シンガポールとマレーシアでの不動産開発プロジェクトに関わっていると聞いたぞ」
 青木が、いなすようにそう言うと
「まずいな。情報漏洩だな」
 川端はおどけてそう言って、青木と二人して笑った。
 坂口の会社も、海外からの食品を大量に輸入している。民間の連中は、何やかやと国際ビジネスに関わりができていた。地方公務員である山田は、一人取り残されてしまったように感じた。
 青木の妻の入院の件は、立ち入っていいのかどうか山田は迷って言わなかったが、坂口が遠慮がちに訊いてくれた。
 単に風邪気味ということであったが、妊娠していて、大事をとっての入院と言うことであった。山田も年内に第二子が生まれることになっていて、共感するものがあった。
40歳を迎えた山田たちは、子育て期の真っ只中にいた。

10.

「話は変わるけど、青木は、北本駅の東口駅前にビジネスホテルができるという話を聞いているか?」
 友人たちの消息などの話題が一段落して、川端が青木に訊ねた。
「いや、聞いてない。なんていうホテル?」
 青木は、首を振って、逆に川端に訊ねた。
 川端は、自分では答えず、山田に答えるように促した。
 「クレセントインというホテルなんだけど」と山田が、気弱に言うと、案の上「聞いたことがない」という返事が返ってきた。
「そうだろう。新興事業者のようだけど。東京商工リサーチのデータでは、ホテル再生業となっているんだ」
 川端が、概要を話し出すと、青木は聞きながら、バッグからタブレット端末を取り出して、ネット検索を始めた。
「これだな。なるほど、新しい企業だね。収益は悪くないかも。待てよ。年によって、利益額が大きく変動しているね。そうか。利益が大きい年は、資産を売却したのかもね」
 流石、経営コンサルタントだけはあると、山田は舌を巻いた。
「どう思う?」
 山田は、北本を出ている青木の意見を聞きたかった。
「オープンクエスチョンだね。答え方が沢山あって、難しいな」
 青木はそう言って、グラスに手を伸ばした。
「やはり、北本のことはどうでもいいか?」
 山田が、自嘲気味にそう言うと、青木は座りなおして言った。
「そんなことはないよ。俺の家も、先祖代々というわけじゃないが、爺さんの代から北本に移り住んで、親父は北本で生まれ育って、大学の寮暮らし以外は北本だし、三代目の俺も、結婚するまではここにいたし、俺にとってはふるさとだよ、北本は」
 青木がこう言うのを聞いて、山田は少し胸が熱くなった。
「俺は、ホテル業界のコンサルをやったことがないので、川端の方が詳しいかもしれないが、典型的なビジネスホテルは、150室で駐車場100台というのが適正規模だと聞いている」
 青木はそう言って、川端の顔を見た。
「ああ、そんなもんだな」 と川端は頷いた。
 山田は、駅前の900平米に満たない土地に建てるホテルであり、5階建てで客室は84室、駐車場の確保はできていないことを説明した。
「ターゲットは、高崎線でやってくる人たちということになるね。もっと、リサーチしてみないと、何とも言えないな」
 青木は、そう言って腕を組んだ。

11.

「川端は知っていることなんだけど、実は、3月議会で、ホテル誘致は否決されてしまったんだ。市長は、臨時議会を招集して、復活させようとしているけどね」
 山田は、これまでの込み入った経緯の説明を始めた。
 最初にホテルの話が出たのは、平成28年の春のことであった。
 彩の国銀行から、中堅のビジネスホテル事業者の紹介があった。その際には、話が立ち消えになったが、秋になって、彩の国銀行は、クレセント開発を紹介し、話は具体的になった。
 平成28年9月に開催された第三回定例議会では、彩の国銀行から紹介があり、誘致の方向で交渉を進めているという報告がなされた。
 その時点では予算を伴う事業計画ではなかったので、市の執行部は議会からの意見聴取ということになり、議会ではなんら議決は行われていない。
「都市計画の範疇だと思うけど、ホテル誘致を進めるかどうかは、議会が決めることではないのか?」  坂口が、素朴な疑問を口にした。
「確かに、明確な計画の下にホテル誘致を進めたわけではないけど、都市機能としてのホテルの存在は、これまでの総合計画の中でも言及されていることなんだ」
 山田が弁明するように答えた。
「それで、議会からはどんな意見や要望が出たんだい?」
 今度は、川端が訊ねた。
 山田は、どのような事業者なのか、経営が成り立つ市場性があるのか、廃止される駐車場の代替があるのかなど、多くの質問が出たことを話した。
 結論として、手を上げているクレセント開発と随意契約をするのではなく、公募と言う手順を踏むことが要望された。また、その公募に際しては専門家による審査も必要ではないかという意見も出た。
「なるほどね。公的な組織は、恣意的な随契はできないということだね」
 坂口は、何度か頷きながらそう言った。
「実際には、公募期間を短くしたり、選考する委員たちをコントロールすれば、出来レースということも少なくないけどね」
 川端は穿った見方をしていた。
 山田は、実際そうだったと思いながら、そのことは言えなかった。
「実際、公募はどんな感じで行われたんだい?」
 坂口にそう訊かれ、山田は概要を話した。
 プロポーザル方式とし、一ヶ月の募集期間であったが、20社ほどに案内を出した。
 問い合わせは二社からあったが、応募は、結果的にクレセント開発だけであった。

12.

「それで、選考委員会なんか組織されたの?」
 坂口が続けて質問をした。
 『北本駅東口駅前宿泊施設プロポーザル審査会』なるものが、近隣の、まちづくり大学都市計画学部教授、商工会役員、会計法人代表の三人により組織されていた。
 審査会から、まず、公募方法についての諮問に対する答申があり、それを反映させた公募が行われた。結果的には、応募が一社であったが、提案内容の審査が行われ、予め及第点としていた評価点を越えたので、審査会はいくつかの指摘事項を付して、合格の答申を行った。
「一応、しかるべき手順は踏んでいる、ということだよな」  坂口は、他の二人の顔を見ながら言った。
「まあ、小さな自治体のレベルでは、こんなものなんだろうけど、まず、ホテル誘致が是か非かが、専門家に諮問されなければだめだよね。青木もそう思うだろ?」
 川端が、青木に同意を求めた。
「川端の言うとおり、審査会のメンバーも、ホテル誘致は決定事項で、公募方法と審査方法についてだけ、意見を求められていたようだね」
 青木は、さらに続けて、審査会のメンバーの顔ぶれを見ると、是か否かの諮問にも答えられた人選ではないかと言った。
 川端が後を受けて、民間の総合デベロッパーと言われる、大きな不動産に関わる企業の仕事の進め方を説明した。
 古くは東京の池袋にあるサンシャインシティ開発や、赤坂と六本木周辺のアークヒルズ開発、最近では東京ミッドタウン日比谷開発は、ショッピングモールとオフィス、そしてホテルという複合施設となっている。
 そして、ホテルに関して言えば、所有はデベロッパー、運営をオークラやヒルトンなどへ委託するという形も増えている。北本でも、所有は北本市、運営は公募企業と、そういう考えはできなかったのか。川端はそう締めくくった。
「それは、ベテランの佐藤議員が、市民課窓口などが併設された複合施設とすべきだと言っていたよ」  山田がそう言うと、
「少しは分かっている議員もいるんだね」
と坂口が頷いた。
 川端や青木は、まだ責任者という立場ではないが、大きなビジネス、あるいはまちづくり関係事業の現場を見ている。北本市においてはスケールが違いすぎるが、考え方は通じるところも多い。
 山田は、彼らの意見を、市政に生かせる仕組みがあればいいと思った。

13.

「あっ!」
 臨時議会において、第30号議案『市営駐車場設置管理条例の一部改正について』の採決の瞬間、藤本議員がもらした驚きの叫びは、議場の隅にいた山田にも聞こえた。
 3月議会では、市営駐車場設置管理条例の改正に反対していた今井由美議員が、賛成の挙手をしたのである。同じ会派の藤本議員が驚いたのも当然であった。
 結果として、3月議会の賛成9対反対10が、賛成10対反対9と逆転した。
「賛成多数です。よって、第30号議案『市営駐車場設置管理条例の一部改正について』は可決されました」
 議長がここまで言った時、「議長」と佐藤議員が挙手して、発言を求め、立ち上がった。
「動議として『市営駐車場の整備拡充を求める決議』を提出します」  佐藤議員は、このように発言して着席した。
 山田は、このような動議が出ることを、直前ではあったが事前に知らされていたので、マイクの切り替えが何とか間に合った。
 議会事務局の職員には、本会議中に、発言者のマイクをオンにする仕事がある。
 議員二〇人、市長や副市長、教育長や各部の部長など、三〇を超えるマイクがあり、同時にオンにできるマイクは三本に制限されている。
「佐藤議員から、動議が提出されました。動議に賛成する方の挙手を求めます」
 議会においては、事前に全員が了解している議案事項は日程に明記されるが、状況によっては、このように予定されていない臨時の議案、動議が出されることがある。そして、動議は議員定数12分の1以上の賛成により成立する。
 この動議は、賛成多数で議案として成立し、直ちに議場に決議案が配布された。
 議長が「提案者の説明を求めます」と発言し、佐藤議員が登壇した。
 この決議案は『ホテル誘致は、賑わいづくりには必要なことであり、駅に隣接している市有地を、そのために貸与することは正しい判断であるが、30分無料という駐車場がもたらしていた市民の利便性を奪うことも事実であるので、市は代替地を購入してでも確保することをすべきである』という趣旨であった。
 この決議案に対する質疑が行われ、反対の討論、賛成の討論が行われ、採決された。
 採決の結果は、10対9での可決であった。
「以上を持ちまして、本日の日程すべてが終了いたしました。これにて、北本市議会平成29年第二回臨時会を閉会といたします。お疲れ様でした」
 議長がこのように発言して、散会となった。
 この10日ほど、山田の耳にも様々な話が聞こえてきていたが、予想を超える展開であったと感じた。

14.

「あの決議は、勘弁して欲しかったよな」
 市民経済部長の吉田和則は、議会事務局に来て、議会事務局長の遠藤等にぼやいていた。
 今回のホテル誘致のために、実勢価格一億七千万円の市有地を、定期借地制度を利用して民間に貸し出すことが決まった。
 そして第二回臨時会の最後の決議にあるように、20台以上の市営駐車場を確保するには、土地の取得と舗装などで二億円はかかる。人口減少が加速していく中で、経常的な支出以外に、新たに二億円の事業費を加えることは容易なことではない。
「議員さんたちは、世論に配慮せざるを得なかったということですよ」
 遠藤は、形の上だけではあったが、議員たちを擁護した。
「今回の判断は、ホテルがもたらすメリットと、市営駐車場がなくなるデメリットと、どちらの価値が大きいかの天秤だったでしょ。新たな駐車場の土地が確保できるのならば、そこにホテルを建てれば良かったんじゃないの?」
 吉田は、納得がいかないという表情だった。
 山田もその通りだと思ったが、賛意は示さなかった。そんなこと、事務局に言われても困るだけだと思った。
 そこに、藤本議員がやってきて、吉田を見かけると話しかけた。
「吉田さんは優秀な部長だね。うちの今井を切り崩すなんて」
 藤本は吉田に対して、今井由美を、設置管理条例改正に反対から賛成に翻意させたことを、詰るように言った。
「それは、仕事ですから、議員の皆さんに賛成していただきたいとお願いはしましたよ。お願いしましたが、翻意させたのは、私じゃないと思いますよ。別の力が働いたと思いますが、違いますか?」
 吉田は、不満そうにそう答えた。
「わかってるよ。わかっているけど、嫌味の一つも言いたくなるじゃない。北本の運命を変えちゃったんだよ」
 藤本は、翻意を止められなかった自分を責めているように、山田には思えた。
「彼女がノルマンディだったわけだ。連合国の攻撃が集中したということだな」
 フランスのノルマンディは、第二次世界大戦で、連合国が反撃を開始した海岸であった。藤本は若い人にはわからない例えを持ち出したのである。
「藤本議員、それだと、そちらが悪者ということになりませんか?」
 吉田が突っ込みを入れた。
「それはまずいな。この例えはやめよう」
 そう言って、藤本は議会事務局を出て行った。

15.

北本悲願のホテル誘致綱渡り 市営駐車場移転の条例改正案 市議会一票差で可決』
 7月14日、朝日新聞の埼玉県のページに、このような大きな見出しの記事が掲載された。
 その日、山田は市役所に隣接する、北本市文化センターの軽食レストランで、川端とコーヒーを飲んでいた。
「なるほどね。7月18日に事業者と契約を結ぶ約束になっていたので、こんな強引な臨時議会を召集したということか」
 川端は、新聞記事に目を通しながらそう言った。
 その記事には、『ホテル事業者と結んだ基本協定で定期借地権の契約期日とされた18日を前に、12日に開いた臨時議会で、手直しした条例改正案が一票差で際どく可決された』と書かれていた。
「そこにも綱渡りと書いてあるが、全くその通りだったよ」
 山田がつくづく疲れたという表情で言った。
「これまで、山田の説明にはなかったけど、昨年まで、ホテルの土地は、市の所有ではなく、土地開発公社が所有していたんだな」
 川端が、記事のその部分を指差して言った。
 土地開発公社とは、市町村などが公民館や学校、あるいは公園などの用地を取得したりする際に、代行するための組織である。
 日本の高度経済成長時代に、市町村での意思決定が遅れると、土地の値段が高騰してしまう弊害があった。後手を回避するために機能した、いわゆる先行取得のための組織である。
 土地の価格は、趨勢的に上がり続けていたので、余程のことがなければ、行政コストを下げることに役立って、評価された。その後、バブルが弾けて以来、役割を終えた組織と言われている。
「少しは話したと思うけど、話が複雑になると思って、詳しくは説明しなかったんだ」
 山田は弁解した。
「確かに、普通の市民は、土地開発公社のことは知らないよな。俺は仕事柄詳しいけどね。まあ、北本辺りではペーパーカンパニーだよな」
 川端が言うように北本市の土地開発公社は独自の事務所を持たず、副市長が理事長、企画財政部長が副理事長、事務局は財政課長が兼務する組織である。
「この記事によると、土地の所有移転は議案として出ていて、議会が認めているということだよね。市長としては、その時点でホテル誘致は賛成してもらったと判断したわけだよね?」
 川端が、山田に確認した。
「そういうことだね」
 山田はそう言って、コーヒーを飲み干した。

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「あら、川端君じゃない。山田君も。男二人で何しているの?」
 急に声を掛けられて、二人が顔を上げると、大沢ゆかりが、笑みを浮かべて立っていた。
 大沢ゆかりは、北本中学校の同期生である。いわゆる家付き娘で、婿をとっていた。『継がなければならない家じゃないのに、北本から出られないのよ。つまらないわ』と、かねがね言っていた。
「私もいい?」
と言いながら、もうすでに川端の隣りに腰を降ろしている。
「ああ、ホテルの話をしていたのね」
 テーブルの上に広げられていた新聞に気づいて、ゆかりは言った。
「女性たちは、ホテルのことを話題にしてるの?」
と山田が訊くと、
「そうね。あればいいという人は多いわね」
とゆかりは答えた。
「でも、シティホテルじゃないんでしょ。冠婚葬祭で遠くから親戚や友人が来る時に、薦められないわよね。ビジネスホテルじゃ」
 ゆかりは、コーヒーを注文しながらこう言った。
 山田と川端は顔を見合わせて頷いた。
「どちらにしても、この記事が出るまで、皆知らなかったんじゃない。それに。市営駐車場の何とか条例とかが関係しているなんて、記事を読んでも、よく分からないわ」  山田はゆかりの話を聞いて、市民の関心はその程度かも知れないと思った。
「無料駐車場が28台から5台に減ること、しかも分かりにくい場所になることはどうなんだい?」
 川端がこう訊ねた。
「そうね。私の場合、旦那が川口まで電車通勤していて、普段は自転車で駅まで行くんだけど、雨の日は車で送迎するのよ。西口だけど、14台の30分無料駐車場があるのは助かるわよね。東口は、導線がおかしいから、5台じゃ大変かも?」
 山田は、これが市民の生の声なんだと感じた。
「旦那は、信用金庫に勤めているだよな。市長が『賑わいづくり』『経済効果』と言っているんだけど、旦那は何か言っていた?」
と川端に聞かれて、大沢ゆかりは、少し考えてから答えた。
「北本のホテルのことはあまり話したことないんだけど、勤め先の川口支店の近くにシティホテルがあって、パーティや会議とかで日中は賑わい、レストランやバーが夜の社交場になってるんだって。ビジネスホテルはそういうことはないでしょ」

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「一概にホテルと言っても、いろいろあるからね」
 山田の義理の兄である久保田忠は、山田の質問に答えて言った。
 北本より10キロ東京に近い上尾に住んでいる、山田の妻の兄である久保田は、山田の家に寄った帰りに、市役所近くのスナック『舞姫』のカウンターで一杯飲んでいた。
 久保田は旅行会社に勤めていて、ホテルのことは当然詳しかった。
「まあ、旅行業界としては、星の数で格付けするよね」
 実は二人は同い年で、人前では、改まった口調で、兄さん、山田さんと呼び合っているが、二人で飲む時は同級生の会話となる。
「ああ、五つ星とかいうやつね。誰が決めているのか知らないけど」
 そう答えて、誰が格付けしているか、知らないことに気づいた。
「そう、ミシュランや他の格付け団体が、評価しているけど、別の分類方法もあるよ。宿泊費の高さでの分類だね」
 そう言いながら、久保田はタブレットを取り出して確かめた。
「そう、この分類」
 久保田の説明によると、価格帯によって五段階に分類される。
 ラグジュアリー・ホテル、アップスケール・ホテル、ミッドプライス・ホテル、エコノミー・ホテル、バジェット・ホテルの五段階である。
「ラグジュアリー・ホテルが五つ星ということ?」
と山田は訊ねた。
「まあ、ほぼ一致するんじゃないかな。ラグジュアリー・ホテルの場合、設備・サービスともに最高級グレードで、フロントロビーは広く豪華、コンシェルジュがいて、24時間ルームサービスがある。日本で言えば、帝国ホテル、オークラ、ニューオータニが代表だよね」
 四つ星に相当するアップスケール・ホテルは、ラグジュアリー・ホテルの高級感を維持しつつ、サービス機能を効率化したホテルと言われる。名の通ったホテルはこのランクのホテルと考えていい。
 三つ星に相当するミッドプライス・ホテルは、まさに中間価格帯のホテルであり、ビジネス客やファミリー層が利用するホテルである。ホリディインやワシントンホテルなどがこのランクである。
「ビジネスホテルというのはどうなの?」
 山田は、久保田の説明を途中で遮って訊ねた。

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「ビジネスホテルというのは、和製英語だから、世界的には通用しないと思うよ。強いて言えば、ミッドプライス・ホテルの半分から下とエコノミー・ホテルのランクじゃないのかな」
 久保田が言うには、日本のホテルの分類は、用途から、シティホテル、ビジネスホテル、リゾートホテルと分類されるのが一般的である。
 大雑把に言えば、都市部にあるシティホテルも、観光地にあるリゾートホテルも、ラグジュアリーからミッドプライスのランクまで幅があると思われる。
「北本の駅前のホテルはどのランクなのかな?」
 山田にとっては、このことが一番知りたいことであった。
「今、話したように、ビジネスホテルという分類は日本独特なんだけど、企業の出張に利用されるので、社内規定の宿泊費に合わせた価格設定になっている。まあ、企業によって違いはあるけど、リアルに言うと一万二千円以内とか」
 久保田はそう言って焼酎の水割りをお代わりした。
「そうすると、先程言っていた、三つ星相当のミッドプライス・ホテルということになるかな?」
 山田としては、せめて三つ星の分類に入ると言って欲しかった。しかし、その期待は裏切られてしまった。
「いや、まだ明かになっていないけど、これまでのクレセントインの運営実績からすると、一つ星のバジェット・ホテルに近い、二つ星のエコノミー・ホテルのランクかも知れないよ」
 久保田によると、現在の日本の物価水準で言うと、五つ星は一泊三万円以上、四つ星は二万円前後、三つ星が一万円前後、二つ星は六千円前後、一つ星は四千円以下ということである。
「宇都宮のクレセントインの宿泊費は六千円を切っているから、まあ、いいとこエコノミー・ホテルというところだよね」
 久保田は、タブレットでクレセントイン宇都宮のホームページを確認しながらそう言った。
「悲願のホテルが、二つ星のエコノミー・ホテルのランクとは、悲しいよね」
と山田がため息をつきなら言うと、
「悲願って、悲しい願いと書くじゃない」
と、久保田は冷たく言った。

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