第一章ではコンサルティングとはそもそも何なのか、一般的理解、そして誤解について考えてみたい。
 コンサルティングという言葉は便利な言葉で大概の言葉と結びついてしまう。ビジネス領域で考えてみおても、業種名称との組み合わせはいくらでも例をあげることができる。建設コンサルティング、不動産コンサルティング、流通コンサルティング、といった具合である。また、企業内の部門や業務との組み合せも、財務コンサルティング、セールスコンサルティング、ファイリングコンサルティング、など、ほとんどの組み合わせが可能のように思われる。
 マッキンゼーやボストンコンサルティング、グループなど、外資系のジェネラルコンサルティング会社は、代表者の大前研一氏や堀紘一氏の知名度と同様にその存在がよく知られている。また、中小企業診断士や公認会計士が経営コンサルティング業務を行なうことも比較的知られていることである。あるいは多少詳しい人ならば、日本能率協会や日本生産性本部のようなコンサルティングというものをある程度具体的に説明してみろ、と言われたら答えに窮するのが普通である。頻繁に接している言葉でありながら、正体不明のものは少なくないが、コンサルティングという言葉もその一つではないだろうか。


1 コンサルティングとは何か

人材中心時代の戦略経営

 景気動向により需給のバランスは上下するであろうが、企業の経営資源として最も重要で確保が難しいのは、今後とも人材であろう。中堅以下の企業はその傾向が特に強いと思われる。一方、ビジネスにおける「人」の要素はますます大きくなっている。しかも冒頭でも述べたように、単なる人手の問題ではなく、優秀な人材の不足こそが深刻な問題である。
 大企業の手段を選ばぬ新卒の囲い込みなど、中堅や中小企業にとっては不利な状況がある。優れた技術を持っていようと、企業哲学が優れていようと、経営者にどれほどやる気や情熱があろうと、大企業に伍して優秀な人材を獲得することは難しい。社会を知らない新卒が、無難な大企業を選択するのはしょうがない。しかも、新卒採用ばかりか中途採用にしても同様の問題がないとは言えない。
 一般的に言って、企業の側が中途で優秀な人間を採ろうとしても、当人はその会社が自分にフィットして、ある程度長期的に働ける職場であるか不安を持つ。現状と比較して一見よさそうに見えても、入社を決めてしまうことに躊躇するのは当然である。
 さらに困ったことに、本当に必要とされる高い専門度が要求される人材であればあるほど、確保が難しくなる。
 さて、企業のライフサイクルのなかで、稀にしかその企業が経験しないということがある。その活動のためだけに専門家を社内で養成することは効率的でない。もちろん、時間的にも待てないといった状況も往々にして生じる。そのため、普通は中途で専門家を採用するために、その分野の資格や経験がある方、という条件で募集が行われる。
 しかし、専門家を採用したいというのは企業の側の論理であり、都合である。個人にとってみれば、自分の人生設計を考えないわけにはいかない。当初は充実した環境が実現されたとしても、ある期間を過ぎれば、その企業は彼の専門性を必要としなくなる可能性がある。それどころか、使わない刀が錆びるように、狭い世界でカイゴロシにされて専門的な知識に磨きがかけられないといった危険がある。
 このようなことが予想される場合、本人が「社畜」になることを自ら望むような人でない限り、そのような専門家を採用することは難しいと思われる。また、この場合の専門家の力量ははなはだ疑問である。
 再び企業の側から見てみると、ひとたび人を雇うとそれは経費的には固定費になる。業績の悪化や事業の失敗による業容の縮小を余儀なくされた時も、日本ではアメリカのようにそう簡単にレイオフをするわけにはいかない。多少きつい言い方をすると戦力にならない人間のほうが居付いてしまい、戦力となる有能な人間は早々と見切りをつけて転職してしまう。ますます、生産性が落ちて立ち直るきっかけもつかめず「死に体」になる。
 こうなってからでは遅い。あらかじめ固定費とならない外部コンサルティングの活用が図られていれば、身軽になって新規巻直しが可能かも知れない。

コンサルティングの一般的理解

 さて、言葉としてのコンサルティング、コンサルタントはどのように定義されているのか。
 広辞苑第4版には「コンサルタント」という項目はあるが、「コンサルティング」はない。その「コンサルタント」も残念ながら以下のようにわずかばかりの説明がなされているにすぎない。

コンサルタント【consultant】
一定の事柄について相談・助言・指導を行なう人。「経営-」「結婚-」-・エンジニア(〜engineer)各種産業で科学技術の専門分野について相談・指導にあたる人。技術顧問。

 以前は一般的にコンサルティングというと、経営コンサルティングを意味した。コンサルティングを提供する専門家が経営コンサルタント(management consultant)で、日本においては中小企業診断士という通産省が認めた資格制度もある。コンサルタントの組織としては、中小企業診断協会、日本能率協会、日本生産性本部、日本経営士会、中部産業連盟、産業能率短期大学などが知られている。また、これらの加盟団体として全日本能率連盟がある。
 一方、技術分野のコンサルティングを行なうものは技術コンサルタント(consulting engineer)と呼ばれ、科学技術庁が認定する技術士という資格制度がある。
 さて、コンサルティングビジネスの先進国、アメリカではコンサルタント固有の資格制度はない。また、日本の場合も前記の資格を習得すれば開業できるという保証はないし、逆に資格を持たずにコンサルティング業を行なっているものも多い。このようにコンサルティングとかコンサルタントの必要条件といったものは不明確と言わざるを得ない。ただし、これらの資格制度はコンサルティングサービスを利用する側にとっては、コンサルタントの能力を知る一つの基準を与えてくれるという意味がある。

コンサルティングとコンサルテーション

 ところで、以前は「コンサルティング」という言葉より「コンサルテーション」という言葉が多く使われていたように思われる。時代をさかのぼれば、1974年に産能大学から、『コンサルテーションの科学』(ロバート・R・ブレーク・/ジェームス・S・ムートン著、田中敏夫訳)という、この分野を体系づけた書籍が刊行されている。この大著の中でも、コンサルテーションとコンサルタントとクライアントの関係が語られているが、コンサルティングという言葉はほとんど登場しない。しかし、著書の知るかぎりでは、その後国内で出版された書籍の書名にはコンサルティングかコンサルタントが使用され、コンサルテーションという言葉は見当たらない。このような用語法の変遷は興味深いことではあるが、本書の目的から外れるので、これ以上は追求しないことにする。

 さて、この『コンサルテーションの科学』ではコンサルテーションを下記のように説明している。

図

 この定義自体は、本書のテーマであるコンサルティングという概念とほぼ一致するもので問題はない。ただし、『コンサルテーションの科学』は基本的にはシステムの健全な状態からの乖離に対処するという立場を前提として書かれたものである。
 個人やシステムは活動の効率を下げるような悪癖に陥り易く、コンサルタントの役割を以下のように説明している。
『コンサルタントの役割とは、個人、グループ、組織、あるいはもっと規模の大きい社会システムを対象として、こうした有害な種類の周期的反復行動を明らかにし、それから脱却できるように手を貸すことなのである』
 このことから、コンサルテーションが医療的な考え方に強く結びついていることが分かる。

経営コンサルティングのテーマ

 経営コンサルティングと一口に言っても、その領域は多岐に及ぶ。この辺りを全日本能率連盟が1988年に上場企業を対象に行なった調査で見てみると、経営コンサルティングと言われている分野と順位は、次のようなものである。

  • □ 教育訓練
  • □ 経営戦略
  • □ マーケティング
  • □ CI
  • □ 人事労務管理
  • □ 新事業開発

  • (「経営コンサルティング業の現状と展望に関する調査研究」1988年)

 「教育訓練」がトップにあるが、セールスマン教育から、秘書の教育、あるいは製造部門の技術訓練までを含むと思われる。 また、この調査によると、「CI」が「組織改革」や「人事労務管理」より上位にランクされている点が注目される。
 これらの分類が、重複や連動性を考慮して十分に整理されたものとは思えないが、コンサルティングを考える上で、大きな目安になることはまちがいない。本書ではコンサルティング領域の分類については、第5章でもう一度詳しく検討するが、それまではおおむね上記の分類の考え方で論を進めていく。
 ただし、ここで注意しておきたい点がある。この分類の中には、「CI」のように最近、新しい分野として登場したものがあるが、既存の分野の場合でも、新しいテクノロジーの登場に伴ってコンサルティングの内容は変化し続けているということである。例えば、20年前の「事務改善」にはOAという考え方はなかったはずである。「人事労務管理」にしても、労働意識の変化や外国人労働者の問題など、変化の要因は少なくない。「マーケティング」にしても、ダイレクトマーケティング手法やテレマーケティング手法の登場などがあり、やはり同様である。前途の分類内容も質的変化を継続していることは覚えておきたい。

コンサルティングの本質

 ビジネスとしてのコンサルティングの本質は、知識と経験に裏打ちされた「判断力」を売ることである。
 企業の活動は、長期的な経営計画の策定から日々の資料作成といった日常業務まで多岐にわたる。これらの業務にはすべてなんらかの判断が伴っている。これらの判断の積み重ねが企業の業績を作っていく。それ故、判断の良否、判断力のレベルの高さが重要になる。多くの場合は企業内の「判断力」で問題はないが、時には外部の「判断力」を購入したほうがよい場合があり、それを提供するのがコンサルティングの機能である。
 ただし、購入した「判断力」を実際に行使するかしないかはクライアントの権利である。そもそも判断はクライアントの価値観によって異なる。弱気と強気の問題も大きい。成功の確率が50パーセント、つまり危険度50パーセントをどう評価するかである。弱気の意思決定者は「50パーセントしか成功しない」と考えるし、強気の意思決定者は「50パーセントも成功する」と考える。客観的判断というものはあり得ないのである。
 つまり、コンサルティングとは、一つの判断を強要することではない。いくつかの選択肢が提案され、判断の根拠やロジックが説明されなければならない。クライアントはこれらの情報をもとに自らの責任において判断を行なう。
「コンサルティングはナビゲータのようなものである」、筆者が担当したあるクライアントの担当者がコンサルティングをこのように例えていた。その企業にとって、また、担当者にとって未知の分野のプロジェクトは、彼に言わせると「海図なき航海」のように思われたという。この例えは、コンサルティング機能の説明として大変優れている。
 プロジェクトという船を進める船長や操舵士はコンサルタントではなく、企業側の担当者である。コンサルティングの機能とはこの航海における水先案内人、ナビゲータというわけだ。
 ナビゲータのいない航海はきわめて危険である。ナビゲータは暗礁の位置と潮流を知っていて、航路の決定に関する助言を与える。もし航海中に暗礁に乗り上げたりすれば、沈没しないまでも、修理が必要であったり、復帰に時間がかかったりする。また、潮流が進路に対して逆方向であるような進路を取れば、潮流は時間と燃料の無駄な消費をもたらす。
 この例のように、コンサルティングの役割は暗礁や進行を妨げる潮流の存在を知らせることにある。おおむね、新しいシステムはその構築の過程で思わぬ障害や副作用に遭遇する。コンサルティングの役割はこのようなマイナス要因を削減することに他ならない。

図

 目次をクリックして続きをお読みください。

▲

目  次

第1章
なぜコンサルティングが必要なのか