• ケース2
  • □ コンサルティングテーマ………CI計画
  • □ B社プロフィール………………日本でもベストテンに入る石油化学会社。財閥系ではない
  • が、K銀行との関係が深い。創立45年。

1 CIコンサルティング会社にて

「お引き受けするかどうかは、御社のトップがCIについてどのようにお考えになっているかによりますね」
 B社の取締役総務部長の鈴木正は戸惑いを隠せなかった。こちらからわざわざ出向いて、依頼しているのに、これで断られては面目が丸つぶれである。
「CIの成果は経営実績上の数字になかなか出てこないものですから、経営者によほどの理解がなければ、担当者もコンサルタントもつらい思いをするばかりです」
 CIコンサルタントとして、平井イメージマーケティング研究所を経営している平井隆は鈴木の覚悟のほどを見極めるように、目をまっすぐに見つめてそう言った。

 CIは社名やロゴマークなどの変更ばかりが目につくが、本質的には企業のビジョンや哲学といった根本を問いなおすプロジェクトである。その結果として社名変更やロゴマークの変更が行なわれる。場合によっては社名変更やロゴマークの変更の必要性がないという結論に達することもある。ある程度は想定しながらも、完全な前提としてはいない。
 重要なのは、経営トップが企業哲学やビジョンの見直しや再構築の必要性を認識すると同時に、それを正しく社会に伝えていく活動の価値を認めているかどうかという点である。この基本的な認識が欠けていればCIプロジェクトは形式的なものにならざるを得ない。
 そのようなプロジェクトのコンサルティングを引き受けることは、平井の主義に反する。また、よい成果こそが次の依頼を呼ぶ根拠であるから、金になればなんでも引き受けてしまうというわけにはいかない。平井が経営トップの認識にこだわるのはそのためである。

 しばらくの沈黙の後、鈴木は意を決して話し始めた。
「どうでしょう。まず、取締役会でCIセミナーをしていただくことからお願いできないでしょうか」
「……」
「私自身、この間CIの勉強を始めたばかりですから、大きなことは言えませんが、うちのトップはCIに関してきわめて低い理解しか持ち合わせていないと言ってよいでしょう」
「一般的に言って、素材産業の経営者はその傾向がありますね」
「おっしゃるとおりです。少なくとも、CIの何たるかは理解してもらわないと始まりません。聞きかじりの私の説明では、残念ながら全く説得力がないと思います。豊富な事例をもとに、ぜひお話しいただきたいのですが」
「そうですね。コンサルティングをお引受けするかどうかはともかく、レクチャーの形でしたらお引受けしましょう。まあ、御社の業種に近い例を中心に組み立ててみましょうか」
 平井はその場で、シニアコンサルタントの佐々木を呼び、紹介すると、鈴木総務部長と連絡を取り合って日程や内容を詰めるように指示をした。

2 CI計画の準備段階

 B社のCIプロジェクトは、創立50周年に向けての経営5カ年計画の一環として、各部門の具体計画の作成時に総務部門のテーマとして取り上げられた。
 一番の説得材料は新卒の採用難であった。近年、資本金や売上規模という評価項目は低いウエイトしか与えられなくなった。むしろ、母親やガールフレンドがよく知っていてイメージのよい企業に新卒男子は行きたがる。B社の認知度とイメージの低さは致命的でさえあった。
 その基本計画が承認されると鈴木を中心にCIの勉強会が設けられた。まず、関連書籍を数冊読み込み、セミナーへ参加した。次に実際にCIプロジェクトを行なった企業に取材に行った。何社かは親身になって相談に乗ってくれたが、中には素材産業のCIはうまくいかないですよときつい忠告もあった。
 最初は外部の専門家の導入は社名やブランドが決まってからだと考えていたが、先輩企業を取材してみて、プロジェクトの開始時点からコンサルタントが必要であることを知って驚いた。取材した何人かのCI計画推進担当者は、CIコンサルタントなしのプロジェクトは成功の確率がきわめて低いと断言した。
 鉄鋼会社K社の、現在は関連事業部担当の役員をしている当時のCI部長は、いくつかの実績あるコンサルタントの名前を教えてくれた。
「もし、このコンサルタントたちのどなたかに引き受けてもらえなかったら、御社のCI計画には大変な困難が伴うことを覚悟しなければならないと思ったほうがよいでしょう。成功を祈りますよ」
 何人かのコンサルタントを訪ねて話を聞いてみると確かに、コンサルティングを活用したプロジェクトと自前でやったものとでは差があることが分かった。ちょっと見た目には分からないが、深さが違うのである。平井はそれをCI計画の戦略性の問題であると表現した。
 「CI計画で行なわれる事項は、主に社名変更ならびにその書体やロゴマークの変更、企業理念の見直しなどです。その他にも、社会貢献事業開設、あるいは社歌やユニフォームを新しくすることもあります。それぞれ、それなりに効果のあることではあると思いますが、全体に目的の一貫性があるかどうかが問題です。また、同時にすべて変更してしまうのか、それとも最も効果的にスケジュールを立て、ボレロのように段階的にもり上げていくかも重要な戦略です」
 鈴木が理解したところでは、自前で行なうと、平井があげたメニューをこなすことに窮々として本質を見失ってしまうのではないかということであった。
 役員会での平井のレクチャーに関しては、鈴木が期待した以上の反響があった。まず、会長が動いた。創業直後に入社しB社をここまでにした功労者である会長が社長以下、本気でCIに取り組むことを要望した。
「CIという言葉が私が考えていることに当たるのかどうかは分からない。しかし、不死鳥ではないが企業は転生をしなければいけないと思う。変化を恐れるようになってしまうと、成長も進歩も止まってしまう。創業から成長期にかけては、当社にも溌剌とした気風が満ちていたように思う。最近はいろいろな長所や美点が形の上だけになっているように感じる。ただし、私は私の時代の価値観を押し付けようという気はない。若い人たちでいまの時代を前提とした、独自の価値観を構築してもらいたいと思う」
 会長のこの言葉でB社のCI計画は本格的に動き出すことになった。

3 コンサルティングの進め方

「鈴木さんはすでにご研究してらっしゃるからお分かりでしょうが、まず、企業の実態と、持たれているイメージの両方を確認する必要があります」
 シニアコンサルタントの佐々木は、鈴木にまず何をすべきかを尋ねられてこう答えた。
「人間の場合も本当は心優しく、社交的な性格なのに、いつもしかめっ面をしているので気むずかしい性格だと思われている場合があります。本当は近眼なのに眼鏡をかけずにいるため、何かをよく見ようとするとしかめっ面になる場合があります。企業の場合も何らかの理由で正しく理解されていないことが多いのではないかと思います」
「当社の場合はまさにそうですね。社会的には重要な基盤を支えている産業ですし、収益もそこそこあげていますからね。学生さんにはもっと評価されていい企業だと思うのですが…」
「実態と持たれているイメージの現状を正確に把握して、そのギャップを知る必要があります。次にそうなっている原因を見つけていくことになります」
「就職人気ランキングが上がってくれるといいんですが」
「それは一つの目標ですが、気をつけなければいけないことがあります。就職人気ランキングは単に人気の順位を調べているだけですが、企業イメージの質的な面での情報は与えてくれません。CIでは企業イメージの質的内容を確認してから進めることが大事です」
「なるほど、そういうもんですか…。ところで、分からないのは、CIプロジェクト推進のための社内組織ですが、どうなんでしょうか」
「一概には言えませんね。CIで何をやるか、どこまでやるかによるからです。すべての可能性を前提に組織を、まあ委員会のような組織にしても、設置してしまうとその運営だけで大変な作業量になります。作ってしまって、それが休眠していてはプロジェクトそのもののイメージが問題です。良好な企業イメージを構築しようとするCIプロジェクトが、自身のイメージを良好に維持できないとしたら、笑い事じゃ済みませんからね」
 佐々木は苦笑して話を続けた。
「このようにCI推進の組織は一般論ではよくないのです。可能性のあるサブ委員会を羅列することは簡単ですが、そのうちのどれをいつ組織化するのかはそれほど容易ではありません。プロジェクトの進行に合わせながら、しかも先手先手で作っていくしかないのです。この辺りのアドバイスを提供することは、我々コンサルタントの役割と言えます。まあ、最初は事務局の問題でしょうね」
「そう、事務局についてご相談したいですね」
「事務局の編成ですが、基本的には社内情報が把握できる最少の人数ということになりますが、これは企業規模やプロジェクトの規模によって異なります。当初は責任者と連絡事務の女性、御社の規模から言えば、予備調査スタート時点にはもう一人、社歴10年前後の方が必要です。それもできれば優秀な人がいいですね。評判の高い人が採れれば、プロジェクト自体の社内でのイメージが上がり、やり易くなります」
「プロジェクトチームの担当責任者ですが、私が専任することができませんので、スタッフ部長である新井を専任担当者にと考えております。新井は2、3年後には私の後任として、総務部長のポストに座ると思っていますから、新井でお願いしたいのですが、どうでしょうか」
「人事のことですから、私たちが口をはさむことではありませんが、人望がある人が理想です」
「それは羨ましいですね」

4 予算とスケジュールの調整

「社内のCI勉強会には鈴木部長に言われて、参加していました。鉄鋼会社のK社にお話を伺いに行った時も鈴木と同行しております」
 新井は、平井と佐々木に初めて会って自己紹介した時にこう付け加えた。
「実は、いくつかのCIセミナーを聞きに行って、平井先生にお願いするべきだと主張していたのはこの新井君なんですよ」
 鈴木は内輪の話を明らかにした。
「それは光栄ですね。ただし、ひいきの引倒しにならないようにお願いします」
「はあ、気を付けます。ところでCIプロジェクトの進め方ですが、予算の時期が迫っていますので、さっそくスケジュールともどもご相談しなければならないのですが…」
 CI計画の場合、やり方にもよるが、大規模な企業イメージ調査を行なうと1000万円単位の費用がかかる。もちろん、このような本格的な調査は中堅以下の企業では行なわれることは少ない。費用対効果がよくないからである。B社の場合は年間売上2000億円を超える企業であるからこのような調査が可能であるし、また行うべきでもあろう。
 しかし、それにしても年度予算作成時期とCIプロジェクトの進行を、うまくリンクさせなければならないことは確実である。新井はこの間の何社かの取材で予算取りで失敗した話を聞いてきていた。
「本当のところは予備的な調査をしてみないと言えないのですが、御社の場合は予備調査と本調査をこの4月から10カ月で行なって、翌年から50周年に向けて3年かけて実際の開発を行なうことが想定されます」
「そうしますと、当面は予備調査と本調査期間の予算ということで、社名変更とかロゴタイプのデザイン費用は考えなくてよいということですか」
「そうですね。実際の開発3年というのはきわめて余裕のあるスケジュールなんですが、調査を10カ月というのはかなりきついと考えられます。ただし、年度予算のタイミングからいくとこんなところでしょうか」

「ところで、料金は、どのような体系になっているのですか」
 新井は佐々木と二人きりになるチャンスができるとこう質問してみた。
「そう簡単にはお答えできないご質問ですね…」
「いや、概略の考え方で結構なんです」
「そうですか。私も当社の経理を担当しているわけではありませんので、正確な数字に基づいて説明することはできませんが…」
 と言いながら以下のような説明をした。
 B社のプロジェクトの場合、シニアコンサルタントの佐々木の他、男女各1名がチームを編成する。調査実費を除いて経営が成り立つためには1人1月百万円平均の売上が必要になる。もちろん、このチームのメンバーはB社専任ではなく、平均3プロジェクトを並行して抱えている。
「コンサルティング会社によって、考え方や状況も異なりますが、事務所経費、間接部門のオーバーヘッドなどを考えると、企画と調査を担当するスタッフは月に300万円は売り上げないといけないのです。もちろん、これはコストからのアプローチですから、実績があればプレミアもつきますし、逆にダンピングしなければ仕事がないところもでてくることになります」
「時間単位のフィーベースかと思っていましたが」
「もちろん、月単位を時間単位に換算することは可能だと思います。しかし、プロジェクトの企画運営やコーディネートの仕事は四六時中何らかのことを考えている状態でして、相当な労働時間になってしまいます。タイムフィーに換算すると一般の経営コンサルタントよりだいぶ低いのではないかと思うことがありますよ」
「先輩企業を取材して、コンサルティング料金が想像していた以上に高いのに驚いたのですが…」
「それは、調査にしても分析にしても、プランニングにしても、科学的にアプローチすれば、やはりコスト的にも相当かかるということですよ。勘と度胸で、えいやーとやるのではあれば違いますが…」
「なるほど」
「また、いままでのご説明にしても、コストからの味方ですが、達成される価値がどうなるのかも考える必要があると思います。一般的に言ってプライスというものはコストとバリューの両方の影響を受けて決まってくるものです。高いかどうかは、成果次第でしょうね」

 B社のCI計画は2月と3月の2カ月間を準備期間として、4月から正式に開始された。最初の1年間は予備調査と本調査が行なわれ、翌年の4月から新しい企業理念の開発が行なわれた。社名変更とシンボルマークおよびロゴタイプが発表されたのは50周年の半年前、50周年をもって新しいデザインシステムの導入が開始された。
 調査の期間中はCI推進プロジェクトチームは総務部内におかれていたが、翌年からは社長直属のCI推進室として発足し、スタッフも6名に拡充された。
 最後の1年は総務部長としてCI推進チームを側面から支援することになった新井は、CIコンサルタントの役割について友人に尋ねられて次のように語った。
 「コンサルタントとの共同作業の中で、他業界や他社事例を知り比較対象を持つことにより、自社がどうあるべきかが見えてきたことは、CI計画の成功の大きな要因だった。また、結論として機械的に正しいものを見つけ出すことができたとしても、むしろ、大企業の場合、コンセンサスを作りながら正しい方向に結論を導いていくことに難しさがある。その場合、自社内でやったのではうまくいかないことも、外部の専門家を利用することでうまくいくことがある。特に、企業の歴史上初めてという仕事は外部の権威に近いものがないと、社内を説得することは不可能に近いと思う。CI計画はその典型的なものだろうね…」

図

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目  次

第7章
コンサルティングを導入するとき