2 コンサルティング契約
契約書を交わす
第2章で述べたように、社内セミナーと予備調査の前後はコンサルティング契約を結ぶ時期である。詳細な契約書を交わすか、覚書程度で済むかはコンサルティング領域や両者の考え方で異なる。また、極端な場合は、口約束で済ませてしまうこともあるだろう。特に日本では、見積と請求書があれば実際上、それほど問題にならない。しかし、本書では契約書を中心にした文書主義を勧めたい。
コンサルティングを必要とする業務は、日常業務での外部との関係とは異なり、ある意味では企業の活動の中で、特殊で例外的な業務である。そのため、契約書あるいは覚書などによる関係の明確化が重要なことになる。
しかも、クライアントにとっては契約交渉、具体的には契約書の内容の検討を通じて、コンサルティングの役割ばかりでなく、プロジェクトの目的や意味が明文化されるという効果がある。プロジェクトが開始され、実際の個別作業に没頭しだすと、プロジェクトが本来目指したものが何であったかを見失ってしまうことも少なくない。契約書に限らず、キーポイントは文書にして残しておく態度がぜひとも要求される所似である。
契約書の項目
最低限盛り込むべき内容と注意事項は次の項目である。
- 目的
- 期間
- コンサルティング内容
- コンサルティング料と支払い方法
- 守秘義務
- 契約の終了、解除
その他、契約書で確認する事項には次のものがある。
- 実費の負担
- 裁判管轄
- 遅滞損害
- 知的所有権
以下、主要な項目について、契約書の例をあげて説明する。
契約の目的
- 第条 (目的および業務の内容)
- 甲は×××××コンサルティングに関し、乙に対し下記事項を委託する。
- (1)現状把握のための調査設計に関する助言
- (2)調査結果の評価に関する報告書の作成
- (3)対応策作成のための助言
- (4)その他、対応策の実施、要員教育などに関する指導および助言
さて、この契約の目的と業務の内容は同一の条文に盛り込まれることが多い。また、契約書では提供業務内容は抽象的な記述になる。具体的な内容に関しては、提案書で明らかにすることにして、その旨を契約書に盛り込むこともできる。
契約の期間
- 第条 (契約期間)
- (1)契約期間は××××年××月××日から××××年××月××日までの一カ年と
する。 - (2)甲乙双方協議の上、期間を延長することができる。
期間に関しては、例では1年契約の考え方を採っている。別の考え方として、プロジェクトの期間に即した、例えば本調査とその報告までで区切って、期間を設定する方法もある。プロジェクトにしても、もっと長期間にわたることが予想される場合は、基本契約部分を年間契約にすることもできる。この場合、自動継続の記述を入れてもよい。また、期間延長に際して、他の条件変更がない場合は、期間延長だけに関する「覚書」を交わす考え方もある。
コンサルティング料と支払い方法
- 第条 (報酬の額および支払い方法)
- (1)報酬の額 月額×××××円
- (2)支払い方法 月末締め、翌月××日までに甲は乙が指定する銀行口座に振り
込むものとする
コンサルティング料金の体系については第4章で詳しく見ていくので、ここでは契約期間との関係についてのみ述べる。年間契約の場合は基本料金は契約書に盛り込まれ、スタート時に決定できない変動的な部分については、提案書や計画書、あるいはその都度の見積という方式がある。プロジェクト期間に対応した予算見積ができる場合は、月次定額にするか、何回かに分割するか、一括して支払うかは交渉次第ということになる。
社内規定や習慣によって名目上請求できないものがあり、便宜上他の名目で請求せざるを得ないという場合がある。しかし、度が過ぎると背任行為にもなりかねないので注意が必要である。基本的には、コンサルティングという知的サービスに対して正当な評価をするべきで、他の請求にもぐり込ませるといった方法は避けるべきであろう。
守秘義務
- 第条 (守秘義務)
- 乙は業務上知り得た秘密を他に漏洩してはならない。また、甲は乙のノウハウに属する事項を、乙の承諾なく他に漏洩してはならない。当該業務の契約が完了した時点以降にあっても同じとする。
コンサルティング業務には守秘義務の問題が大きなポイントになる。企業の内部事情、企業機密に触れなければ有効なコンサルティングはできない。コンサルタントは業務の過程で知り得た機密に関しては契約終了後にも漏らしてはいけない。逆に、コンサルティング提供側のノウハウもむやみにクラアントは外部に漏らしてはならないことになる。
契約の時機
コンサルティング契約を結ぶ時機は、契約の考え方によるが、本書では第2章で説明したように予備調査が終わってからが望ましいと考えている。それは該当コンサルティングが企業のかかえる問題の解決にふさわしいかどうかは、予備調査が終わってからでなくては分からないからである。予備調査以前に契約書を交わす場合は、クライアント側に問題に関するかなりの理解があり、守秘義務とコンサルタントの拘束への対価として比較的低額の基本契約料のみを設定する形の契約方法がある。
技術コンサルティングの領域では、特許を中心とした知的所有権の問題は大きなポイントになるので、コンサルティング契約に先だって、折衝の段階で「機密保持」契約を必要とすることもある。
守秘義務に関連して、コンサルティング期間中の情報や資料の開示の範囲や方法を規定しておく場合もある。コンサルタント側は義務に必要な情報や資料をクライアントに伝え、社内の開示の規定を調整する必要がある。実際のコンサルティングの現場では、担当部署から資料提供を拒まれ、調査がスムーズにいかないといったことが起こり得る。また、コンサルティング契約終了後の情報や資料の複製物に関する扱いに関する規定も必要であろう。どのような基準で返還するのか、あるいは破棄するのか、保管するのかといった問題も残っているからである。
さらに、検討しておくべき項目として、コンサルティングによって共同で開発した特許やノウハウなどの知的所有権の帰属に関する規定もあり得る。
契約に関するその他の項目
その他、契約書で確認する事項は、支払いに関する経理処理上の条件、契約解除の方法に関する規定、コンサルティングが原因の損害に関する賠償責任に関する規定、それに付随して訴訟時の裁判所をどこにするかなどがある。
また、実費の負担に関しての規定も場合によっては規定しておく必要があるだろう。この点に関して細かく言えば、出張時の待遇、たとえばグリーン車やファーストクラスにするとかいう問題があるが、契約書にはここまで詳細に記述することはない。クライアント側の、部長あるいは役員待遇に準じるという程度の規定で済ませるべきであろう。
以上は、どちらかと言うとそれほど重要なポイントではない。お互いに譲るべきところは譲ってもそれほど問題はないであろう。
付帯業務の扱い
契約書の内容に関して、最後にコンサルティング業務以外の付帯業務の扱いをどうするのかについて説明したい。
第2章で例としてあげた契約書では、第1条での業務内容についてコンサルティングの領域を超えないように注意して規定しているが、実際には契約書にコンサルティングを超えた業務の提供を盛り込むような場合もあるようだ。第1章の終わりの方で説明したことであるが、コンサルタントは往々にして本来のコンサルティング機能を超えた企画提案を要請されたり、あるいは自ら進んで提供したりする。多くの場合、コンサルタントにはその能力も十分あるようだ。
しかし、このコンサルティングと企画提案が同じ契約書に規定され、「コンサルティング契約書」として締結されてしまうことが、多くの誤解とトラブルを生み出す原因となっているのだ。
たとえば、新事業開発の場合でもコンサルティング業務の守備範囲は、クライアントの経営上の資産やポテンシャルを調査分析し、進出分野の大ざっぱな領域の示唆や投資の大枠に関する助言を与えることにとどまる。実際の事業計画を立てることはコンサルティングとは別の業務である。本来、企業の企画部門が行なう業務であると言える。
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