この章ではコンサルタントの能力について考えてみたい。
 いままで説明してきたように、コンサルタントの能力によってプロジェクトの成否が大きく左右される。それ故、クライアント側がコンサルタントの能力を評価するための方法を知ることが必要になる。クライアントはコンサルタントの選定や共同作業の際に本章で説明するように、コンサルタントの能力をよく見極めてプロジェクトを進めなければならない。
 しかし、この章の内容は外部コンサルタントの能力評価という目的以外にも参考になるはずである。クライアント内においても実質上コンサルティング業務を行なっている、いわば社内コンサルタントと言うべき役割の人々がいる。ある規模以上の企業ではこのような社内コンサルタント的なシステムは必要であろうし、実際に機能させている企業も多いのではないだろうか。
 このようにコンサルティングに必要な知識と能力について、独立して業務としてコンサルティングを行なうコンサルタントばかりでなく、プロジェクトベースで仕事を行なう人々のすべてが知っておくべきであると考える。
 さて、コンサルタントには多様な能力が要求されるが、本書では大きなくくりとしてコンサルタントの能力を、知識、技能、倫理の三つの面から考えたい。
 知識には専門知識は当然として、経済や企業一般に関する知識、コンサルティング業務に関する知識がある。ただし、本書で考える知識の項目は必ずしも整然と分類されているとは言えない。包含関係があったり、重複している部分があると思われるがご容赦願いたい。
 また、二番目の技能と最初の知識との境界は微妙である。本書では主に書籍や資料で獲得できるものを知識とする。それに対し、「知っていることとできることは違う」と言われるように、インタビューやプレゼンテーションのような知識に加えて練達が必要となるものを技能と考える。
 さらに、コンサルタントの能力には態度や物事に対する姿勢などの良識や、倫理といった人格的な面も含めなければならないだろう。本書は基本的には専門家としてコンサルタントについて論じているが、現実のコンサルティング関係はコンサルタントの人格に対する信頼と評価において成立している場合が多い。つきつめれば企業を動かしているのは生身の人なのであるから、これは当然なことと言えるだろう。
 ただ、本書で説明する知識や技能をすべて完璧に身につけていなければ、コンサルタントではないと言うつもりはない。このような人がいたら、それはほとんどスーパーマンの類である。あくまでも努力項目とその目標について論じているということをお断りしておきたい。もちろん、コンサルティングをビジネスとして行なう人はこれらの能力に磨きをかける努力をすべきであるが、すべてに合格点をとることができる人しかコンサルティングをしてはいけないとしたら、困るのはむしろクライアントのほうではなかろうか。クライアントとしては、コンサルタントの能力を知った上でうまく生かすようにすることが賢明な態度であると考える。


1 コンサルティングに必要な知識

基本的な知識

 大学のカリキュラムにも教養科目と専門科目があるように、コンサルタントの知識にも教養科目に当たる基本的な知識がある。
 第5章で説明したように、中小企業診断士には、工鉱業部門、商業部門、情報部門の三つの部門がある。大学で言えば学部に当たる。この三部門の一次試験の試験科目はそれぞれ八科目あるが、三部門共通の科目が四つある。これらの共通科目が、中小企業診断士制度が考える基本的な知識と見てよいだろう。次ページに示す四つの科目である。

  • 基本科目
  • □ 経営基本管理
  • □ 財務管理
  • □ 販売管理
  • □ 労務管理

 さて、読者の中にはコンサルティングにはいろいろな領域があり、たとえば財務管理など知らなくても有効なコンサルティングが可能であるという意見もあるであろう。確かに、一般教養があっても肝心の専門知識がなければ話にならない。ただし、専門知識が同じ程度ならば、企業全体のメカニズムを知っているほうがよりよいコンサルティングができると考えるのは普通であろう。
 要するに、前記の共通科目は企業を理解するための知識であり、コンサルティングの対象が企業である以上、一通り知っておいてまちがいのないものである。もっとも、この基本的な知識も掘り下げていけば、専門知識になるものばかりである。参考のため、先ほどの三部門の一次試験の個別科目をあげておこう。

  • 工鉱業部門
  • □ 工鉱業に関する経済的知識
  • □ 生産管理
  • □ 資材および購買管理
  • □ 工鉱業技術に関する基礎的な知識
  • 商業部門
  • □ 商業に関する経済知識
  • □ 店舗施設管理
  • □ 仕入管理
  • □ 商品知識
  • 情報部門
  • □ 情報に関する経済知識
  • □ 経営情報管理
  • □ 情報システム(生産情報システムと販売・流通情報システム、選択)
  • □ 情報技術に関する基礎的知識

日本生産性本部の経営コンサルタント養成講座

 さて、中小企業診断士は試験資格制度であり、基本的には学習は独自に行なうものである。それに対し第5章でも触れたが、日本生産性本部では全日制一年コース、および合宿制三ヶ月コースの経営コンサルタント養成講座を公開講座として設けている。これは日本で唯一の本格的経営コンサルタント養成のための学校と言ってよいであろう。
 現在、日本生産性本部の産業・社会開発事業本部コンサルティング部が行なっているこの全日制一年コースは1958年(昭和33年)に創設され、すでに30数年の実績を持っている。講座修了者は約2,000名におよび、経営コンサルタント、企業経営者・幹部・大学教授などの分野で活躍している。
 この養成コースの年間スケジュール(基本カリキュラム)を見ると経営コンサルタントが必要とする知識がよく分かる。

図

専門知識

 第1章で説明したようにコンサルタントとはその領域の専門知識と多くの経験を持ち、それを知らずに進めることによるリスクを回避できる能力を持つ専門家のことである。当然のこととして、専門知識がコンサルタントの能力に占める比重はきわめて高い。
 専門知識の考え方はいろいろあるが、本書では次の項目で専門知識を考えてみることにする。

  • □ その領域の一般的問題構造
  • □ その領域の歴史的背景
  • □ 関係法規と監督官庁
  • □ 専門用語や特有な概念
  • □ 専門的な情報源
  • □ 関係団体
  • □ 関連する専門家

 各項目について、CIコンサルティングを例にして説明しよう。
 まず、問題の構造であるが、これはなぜCIプロジェクトが必要かについての知識と言い換えることができる。つまり、企業は明確で良好なイメージを計画的に創り出し、維持することが経営戦略上重要なテーマであるということ。そして、このことが効果的に行なわれなければ、単に人気がないというだけでなく、市場競争力にも影響がでてくるということ。それを回避するためには、たとえばどんな方策を行なう必要があるのかについて説明できる知識がこの問題構造に関する知識である。
 歴史的背景とは、CIがどのように始まり、時代の変化とともにどのように発展してきたかに関する知識である。以上の2つは、CIの必要性を説得するためにも必要な知識と言える。
 関係法規は、企業の社名やブランドに関しての商標法と不正競争防止法や、著作権法などである。これらは特許庁と文部省が監督官庁ということになる。これらの内容や運用についての知識がなければ、正しい判断をすることはできない。
 専門用語や概念に関しては説明の必要がないであろう。
 CIに関する専門の情報源の例として、「BRANDY」という商標のデータベースをあげることができる。これは類似商標の確認に利用される。
 CIコンサルティングの場合、関係団体として固有の団体はないが、デザイン領域では「日本グラフィックデザイン協会」があり、多くのCI関係者が所属している。このような協会等の組織は提供サービスに対する質の維持向上に対して目を光らせているので、コンサルタントの選定時には参考となる。
 CIコンサルティングの場合、コンサルタントがデザイン部門を自ら持っている場合が多いが、時には海外や国内の実績のあるデザイナーを推薦し、仕事を依頼することもある。また、場合によっては建築家やインダストリアルデザイナーと協力することもある。このように、特に実施段階の時に推薦できる専門家を知っていることもコンサルタントには必要なことである。

コンサルティング知識

 これは本書でいままで説明してきたことである。

  • □ コンサルティングの役割と目的
  • □ コンサルティングの一般的手段
  • □ 契約に関する知識
  • □ コンサルタントの倫理

 つまり、これらのコンサルティングの役割や目的、その手順、契約に関する知識などはビジネスとしてコンサルティング業務を提供するために必要な知識である。本章の最初に述べたように、企業内にもスタッフ部門のように社内コンサルティング機能を果たす組織や人々がいるが、これはあくまでも身内の話である。コンサルタントが独立した立場でコンサルティング業務を提供するために必要な知識がある。
 さて、各分野によって専門度が異なるし、手順や料金体系もある程度バリエーションがあることは確かである。この点については現実の多様性を認めないわけにはいかない。しかし、第1章でいくつか指摘したように、コンサルティングの意味を理解しないまま、コンサルティング業務を定款に掲げ、自らもコンサルタントと名乗る人々がいることは大きな問題である。
 このような人々の存在が、コンサルティングビジネスのイメージを低下させている。本書を多くの方々がお読みになって、コンサルティングに対する正しい理解が広まることを希望している。

問題解決手法に関する知識

 よく問題解決能力という能力が論じられるが、これは一言で済ますことのできない総合能力である。問題解決には情報収集も、それの分析も必要であるし、解決手段を構想することも、それを説明したり、説得することも必要となる。情報収集能力、表現能力などと同等に論じるべきではないと考える。
 本書は、問題解決一般を説明することを目的にしてはいない。しかし、問題解決とコンサルティング、特にコンサルタントの能力と問題解決がどのように関係してくるかを述べておく必要はあるだろう。
 問題解決に関する一般的理解の現状を見てみると、それこそ大きな問題があると言わざるを得ない。問題解決という言葉は頻繁に使用されながら、問題解決の何たるかが分かっていない人が多過ぎる。第2章でも触れたように、目標の設定やコンセンサス作りという不可欠な要素を抜きにして、問題解決と称している場合が特に多い。
 また、もっと根本的な問題として、問題と問題点が区別されていないという現状がある。両者の関係は結果と原因という関係であって、これが混同されていては問題解決ができるはずがない。ところが、実際にはこのようなことが頻繁に起こっている。  次の二つの項目だけは確実に理解しておきたい項目である。

  • □ 問題とは現状と目標とのギャップのことである。
  • □ 問題点とは問題の原因のことである。

 問題の解決局面を考慮する以前に、問題の発見、問題の定義、問題の構造把握という段階の理解が必要である。コンサルティングに限ったことではないが、問題解決能力という言葉を安易に振り回す前に、問題解決に対する正しい理解を持つことが必要ではないだろうか。
 さて、有効なコンサルティングが行なわれるためには、問題解決というものが、単なる知識であってはならない。実践して身につけることが重要である。正しい理解と十分な経験によって問題解決の能力は向上する。面白いことに、正しく身につけた問題解決の知識は他の分野でも応用がきく。
 実際のコンサルティング関係においても、ぴったり専門とは言えない問題の解決を依頼されることが決して少なくない。その場合でも、問題解決の本質を理解しているコンサルタントならば、十分戦力になれる。異分野であるので解決策作成と実践に関しては試行錯誤が予想されるが、問題の定義までであるならばできるものである。

情報収集に関する知識

 コンサルティングでは、そのたびに最新データを入手して判断を行なう必要がある。大学教授の中には何十年も同じ古いノートで授業を行なう人がいるが、古いデータのみで問題解決を行なうようなコンサルタントは要注意と言ってよい。もちろん、世の中の仕組みがそう簡単に変わってしまうわけではないから、コンサルティング自体はある程度の期間変わらぬ手順や手法が通用することは分かる。しかし、常に新しい現象が起こっているのであるから、これを考慮しないで物事を進めることは危険である。
 医療の世界でも以前信じられていたことが新しい発見や事件によって覆っているものが多い。たとえばやけどの場合、以前はすぐにチンク油などを塗って患部を保護するといった治療が行なわれてきたが、この治療法は現在は否定されている。いまはやけどの直後に流水で冷やし、幹部はムレないようにしておくことが正しいとされている。
 以上、情報収集技術というよりも、むしろ情報に対する考え方が重要であるということである。端的に言えば、最新のデータ、網羅的なデータの収集に留意する姿勢がなければ、コンサルタント失格である。
 専門知識とも重複するが、書籍以外の情報源として以下のものがコンサルタントが知っておくべきものであろう。

  • □ 専門の新聞、雑誌、ニューズレター
  • □ 専門のデータベース
  • □ 専門の研究機関

 さて、情報の収集に関して、第3章でも説明したようにデータベースを活用しないで済ませることはもはや時代錯誤と言ってよい。コンサルタントの能力として、情報源にどの程度通じているかが問題になるが、前向きなコンサルタントならば、情報源としてのデータベースにも通じているはずである。あるいはデータベースに詳しい協力者を持っているべきであろう。
 先ほど述べたように、特に、専門分野のデータベースはそれこそ専門家が利用するためのものであり、これに対する理解の度合によってコンサルタントの専門性も評価できる。コンサルティングを依頼する前にどのような専門データベースを利用しているのかを確認してみるべきかも知れない。

調査手法に関する知識

 第2章と第3章で繰り返し述べたことであるが、コンサルティング領域によって、何をどのように調査するかは異なる。コンサルタントはそのコンサルティングを行なうための独自の調査手法を持っていることも少なくない。
 抽象的に言えば、既存の資料を読み込むことも調査と言えないこともない。ただし、既存の資料からでは十分な判断材料が得られることは少ないし、判断してしまっては危険な場合も多い。既存資料の読込みは、基礎知識を獲得するための作業と位置づけるべきであろう。
 一般的に行なわれるのは、アンケートやインタビュー調査である。これらの調査は判断材料の作成を目的にして、能動的に行なわれる。この時重要なチェックポイントは、その調査がある仮設を持って、その証明のために有効な調査であるかという点である。もちろん、あまりに予断であってもいけないが、出たとこ勝負の調査ではいけない。

 調査に関してコンサルタントが知っておくべき項目は、次のものがある。

  • □ 定期的に行なわれ、公表されている調査
  • □ 調査設計に関する知識
  • □ その領域の調査や検査ができる団体
  • □ 統計と確立に関する知識

 情報収集とも関連して、コンサルタントはその領域の一般的調査についても知っているのが普通である。たとえば、CIコンサルティングにおける日本経済新聞社の「企業イメージ調査」、「就職企業人気ランキング」など、定期的に行なわれている調査は少なくないし、あればそれなりに参考になる。このような調査の存在と利用方法はコンサルタントに必要な知識だと言える。
 マスサーベイのようなフィールドワークや大量データの集計を伴う調査の場合は、コンサルタントとは別に調査会社などの専門家に依頼することがある。ただし、この場合も調査設計に関してはコンサルタントがイニシアチブをとらなければならない。質問項目や調査対象は、何をなぜ知りたいのかに基づいて決めなければならにからである。
 この時、調査に関する基礎的な知識があるかどうかは、調査結果の分析に大きな影響を与える。たとえば、調査によって確認されたデータ間の差が意味のある差なのかどうかという「有意差」や「検定」、あるいは「偏差」や「分布」。これらの理解なしでは、結果から何が言えるのかといった、評価もできない。それでは、調査を行なう意味がない。
 あまりに専門的な調査手法に通じている必要はないが、目的に沿った調査を設計し、結果を分析するための基礎的な知識は必要であろう。

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目  次

第6章
コンサルティングに必要な知識と能力